キルギス共和国旅行日記
2014年9月4日〜9月15日帰国

今回は成田空港からアルスランボフまでの経過時間と交通費の詳細を報告します。
まず、成田空港からビシュケクのマナス空港までの往復航空券は
モスクワ経由で1名\132,800-(燃料サーチャージ含む)でした。
利用便は成田からビシュケクまで乗り継ぎを含めてエアロフロートを利用しました。
チケットは H.I.S のネット申し込みから予約しました。
キルギス共和国のアルスランボフと言われてもほとんどの日本人は
「そんな村の名前は聞いたことも見たこともない」とお考えの方ばかりではないでしょうか。
しかし、私の感想ですが、アルスランボフは一度は行ってみたい
とても清々しい風光明媚な場所です。


キルギスの民家の多くは土壁で造られている

今回の訪問目的はさておき、中央アジアのスイスと言っても過言ではないと思います。
この写真はアルスランボフの中央広場で、村の中一帯は
何処も舗装されている道はありません。
長い間昔のまんまの状態が続いているということでしょうか。
私個人としてはこの環境には手を加えず、このままにしておいて欲しいと思っています。
ところで、ここでこのアルスランボフ迄の道のりについて記しておきたい。


アルスランボフへ向かう国道

成田を日本時間のお昼12時に出発、経由地のモスクワ・シェレメチボ空港には
日本時間の22時に到着、現地時間では17時です。


モスクワのシェレメチボ空港

この後トランジット待合室へ移動し、23時発のビシュケク行きに搭乗、
日本時間の朝8時、現地時間の朝5時に到着しました。
その後、国内線に乗り換えるため国内線航空券の販売所へ行きビシュケクから
オシュ空港までのチケット1名55米ドルを支払いました。
現地時間マナス空港10時発でオシュ到着が10時40分でした。


オシュの空港で一緒に降りた新婚カップル

先ず平成26年の時点では日本からキルギス共和国までの直行便がないため、
一旦トルコまたはロシアを経由して入国することとなる。
我々は、ロシア経由のアエロフロートを利用することにした。
この往復チケットはH.I.Sからインターネット経由で購入しました。
金額は往復で\132,800-でした。
成田を出発したのは9月5日12時発のアエロフロートSU261便です。


アエロフロートSU261便の機内サービス

モスクワのメレシェチボ空港に到着したのは日本時間の21時50分、
現地時間の16時50分でした。
ここから再度手荷物検査とパスポートチェックを受けて、乗り継ぎの
トランジットルームへ移動しました。
この時驚いたのは10年前にパリへ行く時に同じ空港のトランジットを
通ったのですが、当時と比べて余りにも立派な空港に生まれ変わっていて、
仁川空港と似た感じで「すごく近代的な施設になったなぁ!!」と
ひとしきり感心しました。
モスクワからはアエロフロートSU1882便、
22時発でビシュケクのマナス国際空港へ飛び立ちました。
ビシュケクに着陸したのはモスクワ時間の9月6日の2時50分、
キルギス時間の朝4時50分でした。


キルギスの英雄「マナス王」の銅像

マナス国際空港は2年前にも利用していた関係である程度勝手が
分かっていたので、難なく入国出来ました。
入国手続を済ませて到着ロビーに出たのは朝6時でした。
この後米ドルをソム(com)という現地通貨に両替、
1米ドルはこの日のレートが 55.3comでした。
この後オシュへ向かうための国内線のチケットを手配しようと探しましたが、
なかなか日本とは勝手が違って、言葉も通じないので、
こちらが朝8時発のオシュ行きのチケットを買いたいと英語でしゃべっても通じません。
そうこうしている内に地元の親切なおじさんが我々の希望を聞きとめてくれて、
チケット売り場へ案内して、窓口の女性に説明してくれました。
お蔭様でようやくチケットを入手できましたが、予定の便はもう満席で
10時発のペガサス航空の便でないと乗れないとの事。
チケットの当日便は予約より高いらしく1名あたり55米ドルでした。(なぜかcomではない)
どうやら面倒みのいいおじさん本人は日本のJAICAの仕事をしているらしく、
少し日本語も話せるみたいでした。
困ったときはこんな人が神様みたいに見えます。
オシュ行きのペガサス航空 SEQ56便はマナス国際空港を10時20分に出発し、
10時40分にオシュ空港に到着しました。
オシュ空港からは12時にタクシーを拾ってウズゲンへ向かいました。
タクシー代は1200com(ソム)を支払いました。


ウズゲンでの昼食は大きなパン

ウズゲン到着は13時でした。ここで昼食後、14時にジャララバード行きのマルシュルートカに乗りました。1人90comでした。
ジャララバード到着は15時、ここからさらにバザールコルゴンへ行くためにジャララバードのバスターミナルから
バザールコルゴン行きの出ているバスターミナルまでタクシーで移動、100comを支払いました。
ジャララバードからは30comのマルシュルートカを利用。15時30分発、16時30分着でした。
バザールコルゴンに着いた後、目的地のアルスランボフまではさらに乗り換えてマルシュルートカを利用。1人60comです。
バザールコルゴンを17時15分発でアルスランボフに着いたのは、18時30分でした。


アルスランボフは18時30分でもまだ明るい

アルスランボフの中央広場からツーリストオフィスのスタッフの車で送られて、
民宿・マシュール(Mushur)さんのお宅にチェックインしました。
到着時刻は19時30分ころでした。ここで重い荷物を一旦部屋に運んで、


女性はイスラエル、男性はイギリスから来ていた

夕食は20時からで食事の会場にはすでにイスラエルからの女性観光客と
イギリスから来た男性観光客が食事をしていました。
話題はお互いこれからどのコースを見て回る予定なのか、
どんな目的でアルスランボフに来たのか等です。
我々がアルスランボフに来たのは、りんごの原種の調査に来た事を話すと、
彼らは「アルスランボフにリンゴがあるとは知らなかった。
ここは「クルミ」の産地で世界的にも有名な場所だ」と言っていました。
少し疲れていたせいかぐっすり寝込んでしまった様で、目が覚めたら朝の7時でした。

アルスランボフの2日目。2014年9月7日朝7時起床。
朝食は前日に8時30分とお願いしていたので予定通りでした。
メニューはクレープの様なパンのようなのに目玉焼き、
ヨーグルト、リンゴジャム、インスタントコーヒーでした。
コーヒー以外はすべて自家製の様で、家の周囲には
ニワトリ20羽前後がコッコッコと鳴きながら歩き回っていましたし、
少し離れた小屋には乳牛も3頭飼われていました。
また、家の敷地内には数本のリンゴの木がたくさんの赤い実をつけていました。


民宿・マシュールさんのお宅のリンゴの木


食事の後、徒歩でアルスランボフの観光案内所へ行き、}
今日の探索コースについて情報を入手。
写真の赤丸のコースへと向かいました。
この辺りの標高をスマホで調べたらおよそ1800mでした。

地図の赤い丸の部分が今日回ったエリアです


観光案内所を出て、川を渡り少し登った先に
集落があり、家々から子供たちが顔を出して、
私たちを迎えてくれました。


写真を写して欲しいとせがむ子供たち



みんな人懐っこい子供たちです

このコースは高台にあって見晴らしが良く、
アルスランボフの町並みが一望できるとの事でした。
確かに説明の通り、高台に登る入口には小さな滝があり、
険しい山道が続いていましたが、
いくら登っても道らしい道は無く、迷ってしまったのかと思いました。
それでもしばらく登っていくと広く開けた牧草地に出ました。
この辺りの標高をスマホで調べたら2100m〜2200mでした。

かなりの急な道なき道を登ると開けた牧草地に出ました。
正面の高い山が「バーバシタン」

牧草地の周辺にはリンゴの樹が結構たくさん生えていました。

牧草地のリンゴの樹。


牧草地で昼食後、道に迷ったかと思うくらい道がない所を下っていくと、
おおきなクルミの木の林に迷い込みました。

クルミの木の林。


牧草地から街へ戻る途中にあった滝も疲れを癒してくれます。

急なクルミの林の道なき坂を下ったら滝がありました。


民宿へ帰る途中で出会った牧草を積み上げて埃を
立てて進むトラックに出会いました。
旧ソビエト製かとは思いますが、一見、
古そうに見えても意外にロシア製の新しいモデルかもね。

相当に古い型に見える。ソビエト製ではないかと思います。


アルスランボフの3日目。民宿を8時30分に出発。
今日は昨日と反対側の西側ルートを探索に行きました。
川沿いに北へ向かうと正面にここの最高峰「バーバシ山」が見えてきました。


正面の山が「バーバシタン」タンは山という意味

周囲にはのどかな牧草地が広がり、ほとんど人の気配はありませんが、
たまにこの様な光景に出会うこともありました。人々ものんびりしています。


ゆるやかな山道を帰り道なのか現地の人がロバを引き連れて

高見に登った先に広がっていたのはリンゴの樹ではなく、クルミの樹ばかりでした。
昨日の話しの通り、ここはリンゴよりクルミの産地でした。生産量もかなり多いらしいです。


周囲はほとんどがクルミの樹ばかりでした

この辺りの標高は約2400mで、とても四方の眺めのいい場所です。
一帯は牧草地で牛や羊が放牧されていました。


牧草地には牛や羊が放牧されていました。正面は「ショムラット」という二番目に高い山です。

山を降りて民宿へ帰る途中に出会った中学生ぐらいの子供たち。


下校途中だろうか、中学生くらいの子供たち。



アルスランボフの4日目。2014年9月9日朝6時半起床。
今日はようやく慣れてきた「アルスランボフ」を出発する日です。
高山病にもならずに終わることが出来ました。
朝食はクレープと目玉焼き、コーヒーと紅茶を頂きました。
身支度をして宿の会計、3泊4日の3名分の会計は5,220com(ソム)で
日本円に換算すると約10,000円ですから一人当たりの1泊料金は
朝と夕食付きで、およそ 1,100円くらいという事になりますね。。


アルスランボフの滞在先となった民宿・マシュール

朝の食事の食堂の脇にはご覧のように
リンゴの実がたくさん鈴なりになっていました。


民宿・マシュールの食堂脇にあったリンゴの木


会計を済ませて民宿を出発する直前に、マシュールさんや
マシュールさんの学校の制服らしい服装で
見送りに来てくれたお孫さんと一緒に写真を撮りました。

民宿・マシュールさんのお孫さん

2014年9月9日朝。朝10時にタクシーを呼んでもらって、
待っているとスズキジムニーに似た小型のジープが迎えに来ました。
昔のソビエト製らしく、エンジンの音がコトコトと何となく頼りなかったのですが、
案の定、バスの発着所までの中間地点でエンスト、
結局はガス欠だったらしく、ガソリンの補充はペットボトルで注入していました。


昔懐かしいクランクを回してエンジンを始動する


この後、バス発着所から10時50分にバザールコルゴン行きのマルシュルートカに乗って「アルスランボフ」を後にしました。

アルスランボフ最終日の中央広場。

バーザールコルゴンに着いたのはお昼の12時00分頃でした。

バザールコルゴンには白タクがたくさん待機していました。

ここで峠のカラコル行きのマルシュルートカを拾って乗車しました。

カラコル峠に向かう途中の景色。

急峻な山道と深い谷を越えて、15時20分に山頂のカラコルに到着。マシュルートカはなぜか峠の頂上で終点だという。

カラコル峠の広場にはこんな露天があるだけで何もなかった。

ここにはタクシーもマルシュルートカも居ない。不安が走りました。
運賃が予想外にかかるかもしれませんが、やむを得ずここでタクシーに乗り換える事にしました。
でも、しばらくするとタクシーがやってきてカラコル峠からトクトグルまでの価格交渉が始まりました。
15時40分にカラコル峠を出発。ここからトクトグルの街へ向かいました。

途中のトイレ休憩地点。

さらにタクシーは急峻な坂道を下っていく。

さらに下っていくと遠くに大きな湖が見えてきた。

湖の周囲を大きく迂回してトクトグルへと向かう。

当初の見通しでは今日中にキルギスタンの首都「ビシュケク」まで行きたかったのですが、
途中のトクトグルの街に入る前に夕方になってしまいました。

湖を周回する直線道路の向こうにトクトグルがある。

やむを得ずトクトグルのホテルを探してもらって17時00分にモーテルに到着。今晩はここに一泊する事になりました。

トクトグルのモーテルに宿泊。タクシーはここでカラコルへ帰って行きました。

さっそくモーテルに荷ほどきして夕食を注文しました。

この日は早めに宿に入ったので、洗濯もして、
お茶をしながら明日からの計画を話し合いました。

モーテルの朝食は小龍包、玉子焼きと紅茶、味噌汁でした。

9月10日の朝、窓から外を見ると、なかなか手入れの行き届いた庭があり、
その向こうには遠くに高い山々が連なる山脈が見えていました。

モーテルの窓から見える外の景色。

翌日の朝食後、タクシーを呼んでもらい、カラバルタ経由で
ビシュケクの西ターミナルへと向かいました。

モーテルの前でタクシーを待つメンバーとモーテルのご主人。

カラバルタ峠を越える途中の風景(1)。

カラバルタ峠を越える途中の風景(2)。

カラバルタ峠を越える途中の風景(3)。

カラバルタ峠を越える途中の風景(4)。

カラバルタ峠を越える途中の風景(5)。

カラバルタ峠を越える途中の風景(6)。

お昼過ぎにビシュケクに到着し、ここから前回のキルギス訪問時に
利用したチョルポンアタ行きのマシュルートカに乗り換えました。

ビシュケク間近になって道路標識に表示が出てきました。

ビシュケクのガソリンスタンド。


チョルポンアタに着いたのは夕方6時頃ですぐにホテル(民宿)を予約して夕食へ行きました。

チョルポンアタの夕食をした中国料理店。

夕食の中国料理。

食事後、今回も腹の調子がおかしくなり、下痢で数回トイレへ走りました。

チョルポンアタで宿泊したホテル。

道路に面した所は雑貨店で飲み物や書籍、新聞、お菓子などが売られています。
右側の引き戸を入るとたくさんの旅行客が宿泊していました。
我々はこの中の一室(トリプル)に宿泊することになりました。
翌朝、明るくなって部屋の外を見ると、ホテルの庭に
りんごの木がたくさん実を付けていました。

宿泊したホテルの中庭に実っていたリンゴ。

こちらは洋梨の様ですね。

ホテルの中庭にあった梨の実。

翌9月11日の朝9時50分にチョルポアタを出発、
マシュルートカでイシュククル湖の東端にあるカラコルの街へ。
カラコルの街に着いたのはお昼の12時ちょうど。
カラコルはこのあたりでも大きなオアシスで
人口が7万5000人だそうです。
カラコルの街は初めてなので、街の中心街にある
というインフォーメーションへ行きました。

カラコルの市街地にある「インフォメーション」。

この様な案内所へ行くと、交通機関の情報、宿泊先の情報、
あるいは次の訪問地への交通手段についてなどが入手できるので、
必ず立ち寄ることにしています。ガイドブックの情報が古かったりすることもあるので、
最新情報を入手しておかないと、言葉が通じないので、
思わぬトラブルに巻き込まれないようにするためでもあります。
ここでカラコルの街の逗留先となるホテルを紹介してもらいました。
ホテルの名前は「ゲストハウス・テスキー」で1泊の料金は一人800comです。

宿泊先となった「ゲストハウステスキー」。

結構、車の往来が激しく走っていて、車のほとんどは日本製の中古車が主体でした。
その他はフォルクスワーゲンの中古車が多く走っています。

カラコルの市街地を走る車。

カラコルの市街地はきれいな碁盤の目になっていて、
道幅も広く、人が歩く歩道の空間も並木道になっています。

イシククル湖周辺の地図。

この地図はカラコルで宿泊したホテル「ゲストハウス・テスキー」の
食堂に貼り付けてあったイシククル湖周辺の地図です。
イシククル湖の西端にバリクチがあり、湖の右端がカラコルです。
湖の北側カザフスタンの国境に近い所にチョルポンアタがあります。

ゲストハウスから見える朝の「天山山脈」。

翌9月12日の朝、どおしてもチョルポンアタで始まったおなかの不調が良くならず、
私一人でホテルで留守番をする事になりました。
二人は朝早く出かけて行って、お昼には帰って来ました。
手土産はご覧の様な小振りではあるが中の果肉が真っ赤なリンゴです。

赤い果肉のリンゴのサンプル。

これは五所川原の「赤いりんご」によく似ていますが、果肉の大きさが違いますね。

プルジュアルスキー記念館へ向かう定期バス。

プルジュアルスキー記念館は「カラコル」の市街地から定期バスで約25分かかります。
社内は定員25人ほどですがほぼ満員で、途中から乗った人たちはみんな立って乗っていました。
バスの発着所からおよそ20分ほどで記念館入り口前のバス停まで乗車しました。

記念館入り口に到着。

バスを降りてから記念館まで徒歩で10分程度、記念館の入口付近には
外国の「シルクロードツアー」の観光客をのせた立派な観光バスが停まっていました。
中には日本人のグループもいて数人と挨拶を交わして中へ、、、。

プルジュアルスキー記念館に到着。

これが「ニコライ・プルジェワルスキー」の功績を資料として展示してある記念館です。
ここにはこのほかにモニュメントや本人のお墓もありました。
プルジュアルスキー記念館からまたバスに乗って市街地へ戻り、
バスの終点近くにある古いロシア正教会の建物を見学に行きました。

世界遺産になっている「ロシア正教」の木造教会。

キルギスには女性を盗んで嫁にする習慣があると聞きましたが、近年はどんなものなのでしょうか。
とにかくキルギスに入国して、真っ先に目にしたのが若い二人の華々しい結婚式でした。
彼らもおそらくこのような協会で結婚式を挙げたことだろうと想いを馳せました。

木造教会を出た所に造花の門前売店。

なにせ、この教会の外の通りには、新婚を祝う造花の店がずらりと軒を並べていて、
これほどの花が売れるほど結婚式が頻繁に行われているのかと感心しました。
この日はここを最後にホテルへ帰ることにしました。


翌朝、9月13日11時発、「カラコル」からマルシュルートカに乗って
イシククル湖の西端の街「バルクチ」へ向かいました。
バルクチまでは300com。「バルクチ」には13時に到着しました。
「バルクチ」からは14時30分発の「ビシュケク」行きのマルシュルートカに乗り換えしました。

「カラコル」から「バルクチ」まで行く南回りのマルシュルートカ。

バルクチでビシュケク行きのマルシュルートカに乗り換えて、
車が道端の「ゲル」(現地の人たちの移動可能な家)の前で停車しました。
何やら乗客がぞろぞろと車を降りて何やら買い物を始めました。
何人かが白い飴玉のようなものを10個ぐらいビニールの袋に詰めて車に戻ってきました。

ビシュケク行きの車が道の途中で急停車。

私は何かわからなかったけれど「バラクチ」と言って
山羊のチーズらしい。現地ではさぞ美味しいお菓子なのだろうと思いました。
車が「ビシュケク」に着いたのは夕方の5時頃で、ホテルを探しに行きました。

以前宿泊したホテルゴーインは満室で断られてしまいました。
ホテルの前で途方に暮れていると、一人の日本人が声を掛けてきて
「どこか宿泊先を探してるのか」と聞くので、正直にそうだと答えると、
自分が寝泊まりしている「DOS-GEST-HOUSE」なら部屋が空いてるというので、
移動することになりました。ゴーインホテルからはほど近い場所でした。
<うまい具合に空室が有り、宿泊することになりました。
<翌日のお昼にホテルをチェックアウトしてマナス国際空港へ
13時に搭乗手続を済ませ、15時55分発のモスクワ行き
アエロフロート SU1881便に搭乗して、一路成田空港へ向かいました。