(平成30年8月26日更新)
カザフスタン共和国旅行日記



2012年9月9日出発〜9月19日帰国

2012年9月9日
今回はりんご研究所元部長の今さんと青森空港から定期便で韓国の仁川空港へ向かいます。
青森発のKAL-KE768便に搭乗し13時55分に離陸、仁川空港に16時27分に到着しました。

仁川空港に到着

仁川空港に着いてから一旦韓国に入国して、韓国国内のホテルで一泊することになります。

仁川の宿泊したホテル


2012年9月10日
午前5時30分起床
ホテルは朝食なしなので、今さんとホテル周辺のレストランに入って朝食を済ませました。

ホテルから出て近くのレストランで朝食


シャトルバスで再度ホテルから仁川空港へ向かって10時15分着、境教授と待ち合わせです。

仁川空港で境教授と待ち合わせ

境教授は札幌からの定期便で仁川に到着予定。12時25分境教授と合流。
12時40分チェックインカウンターに並んで、14時20分発のアスタナ航空、OZ-6961便で離陸しました。

アスタナ航空OZ-6961便で一路カザフスタンへ


日本時間の19時50分ころ、中国ウルムチ上空を通過、まだ明るくてボロホロ山脈がきれいに見えていました。

中国新疆ウィグル自治区のウルムチ上空


日本時間20時28分、現地時間17時28分にカザフスタン(旧首都)に到着しました。

アルマティ空港に到着し、税関へ入ります

18時に順調に税関を通過して入国をしましたが、この時突然なにやら大声で騒ぎ立てる警備員たち。
何が起きたのだろう、荷物を受け取ろうとしましたが、警備員に空港建物の外へ押し出されてしまいました。
出口ロビーにいた乗客や出迎えの人たちも全員空港の外へ追い出されれて空港の外の空き地へ集められました。

アルマティ空港で建屋から追い出されて待機

我々は荷物がまだ中に残されているので、予定のホテルへ向かうことも出来ずに、
他の人々とともに空港建屋から離れた場所に待機させられて、ただ待つのみ。
しばらくすると、物々しい軍用車両や警察、消防車がやってきて中に入って行きました。
何か発表があったみたいですが何を言っているのか、何語なのかも解らず、開放されました。
およそ2時間待って20時頃にアナウンスがあり、ようやく解除、荷物を受け取って、タクシーで、
アルマティ第二駅近くの「ホテル・アストラ」に到着、チェクインしたのは21時30分ころでした。
ちなみに部屋に荷物を置いた後、ホテル1階のレストランで腹ごしらえ。
生ビールが1杯400テンゲ、鶏肉とカシューナッツ、ポテトフライの三種類で700テンゲでした。

最初の宿泊したホテル・アストラ


2012年9月11日
午前6時00分起床。とても涼しくて天候は青空。8時からレストランで朝食。9時半にホテルを出て、町中をブラリ。
アルマティはその昔、旧ソビエト連邦の支配下だった所為で町の建造物を見ると、意外と思っていた以上に都会的でした。
ヨーロッパなどでは一般的ですが、一階が店舗で、二階から上が住居になっています。

ホテルを出て散策、アルマティの町並み

荷物はホテルのカウンターに預けて、お昼前にホテルを出て街中を徒歩。
東側の交通拠点の「サヤハット・バスターミナル」へ向かいました。
そこでタクシーがたくさん集まっている場所があったので、境教授が
タルガル往復のタクシー運賃を交渉。往復5,500テンゲで交渉成立。

東側の交通拠点の「サヤハット・バスターミナル」

12時にタクシーは出発し、12時45分にはタルガルの国立公園管理所に到着。
入り口にはゲートがあり、門番がいて、入場料として米ドルで10ドルを支払いました。

タルガル国立公園入り口にある管理所

入場後、タクシーでさらに奥地へと進みました。入り口からすぐに目に飛び込んできたのは
自然たっぷりの野生リンゴの樹でした。こちらの野生リンゴは結構幹が太くて立派でした。

公園内にはたくさんの野生リンゴが自生していました

タルガルの国立公園はさすがに世界的にも景色がいい場所で有名です。

タルガルの谷は深く川の流れに沿って野生リンゴがあります

さらに進むと道路の上にも落ちたリンゴの実が散らばっていて、さすがに自然をいっぱい感じます。

道に落ちた野生リンゴの実

野生リンゴの色は黄色はもちろんですが、赤いのもあれば小さい実、大きな実、さまざまの種類があります。

赤い色の野生リンゴの実

午後2時半ころに下山し、タルガルの麓の町でレストランに入って(15時15分)昼食を取りました。
メニューは「羊を使ったカザフの民族料理」です。1人前700テンゲです。

「羊を使ったカザフの民族料理」

食事後、タクシーに再度乗ってアルマティへ。
途中の道端にはたくさんのお店。リンゴなどの
果物や野菜を売る人たちが道々列をなしていました。
ホテルアストラに到着したのは(17時)です。それからレストランで夕食をすませて就寝(22時)。

道端のりんご売り


2012年9月12日
午前5時起床、8時朝食。10時ホテルアストラを出発。
今日はアルマティから遠く北側の町、タルデコルガンを目指します。
まずは、昨日のサヤハット・バスターミナルへ向かい、タルデコルガン行きの
マシュルートカが無いか探しましたが見つからず、昨日のタクシー運転手に
どこで乗れるのかを尋ねました。彼はタルデコルガンへ行くなら
このバスターミナルではなく西側の交通拠点である「サイラム・バスターミナル」
へ行かないと乗れないですよ。と言う。
そこで、彼に頼んで「サイラム・バスターミナル」へ乗せて行ってもらいました。
11時15分バスターミナルに着いて、タルデコルガン行きのマシュルートカを交渉。
片道5,000テンゲで交渉成立し、他の同乗希望者を待って11時50分出発。
マシュルートカは15時45分にタルデコルガンに到着。
タルデコルガンのバスターミナルでタクシードライバーにホテルを紹介してもらいました。
15時50分タルデコルガンの「ホテル・メルネット」に到着しました。
こちらのホテルのフロント係は全く英語が通じない。フロントはおばさんでただ手を横に振るだけ。
近くに若い女性が来てくれて、通訳してもらって、ようやくチェックイン手続き完了。
3名で1部屋、宿泊料金は8,000テンゲと格安でした。

タルデコルガンの「ホテル・メルネット」

ホテルにチェックインした後、夕方のタルデコルガンの町並みを散策。
比較的高い建物はほとんどなく、唯一地方行政局の建物だけは五階建てでした。
通りは結構活気があって、交通量も多く、町中は人の往来もにぎやかでした。

タルデコルガンの中心交差点の交通


2012年9月13日
「ホテル・メルエット」を朝9時に出発しタクシーで目的地「テケリー」へ向かいます。
テケリーは大理石、亜鉛の鉱物の産地であり、旧ソビエト時代は大変栄えた町の様です。
特に第二次大戦の終戦直後は捕虜となった日本人抑留者の労働場所として使われていたそうです。
野生リンゴの自生地へ向かう途中には古い鉱山の跡が点々と続いていました。
最初に野生リンゴの自生場所を見つけたのは山深く入って午前10時30分頃でした。

最初に見つけた大きな野生リンゴの樹木

ここの野生リンゴの樹の特徴は根元からたくさんの細い幹が
束になって自生していて、太い幹のものは見かけませんでした。

野生リンゴの樹木

しばらく車で進むと、ほぼこの先は中国の新疆ウィグル自治区との国境近くだという辺りまで来ました。
ここまで来ると野生リンゴの自生はあまりなく、古い鉱山の廃墟跡が目立ちます。
ここからはリンゴの形跡がないので引き返すことにしました。

古い鉱山の廃墟跡

ここからはタルデコルガンへ直行し、バスターミナルへ向かいました。
14時頃バスターミナルに着いて、すぐにアルマティへ向かうマシュルートカを探します。
マシュルートカのアルマティまでの運賃は一人当たり1200テンゲでした。

アルマティ行きのマシュルートカに乗る

14時半にタルデコルガンを出発して一路アルマティへ向かいます。
帰る途中は来るときと同じ道を帰っているのですが、
あちこちにイスラム教のお墓が目につきました。
日本のお墓とはずいぶん雰囲気が違いますね。

アルマティへの道のイスラム教のお墓

18時頃アルマティに到着。ホテルアストラにチェックインしました。
部屋に荷物を置いてから街へ夕食の買い出しに繰り出しました。
さすがにアルマティは大都会だけあって途中に立派なイスラムの教会(モスク)が見えました。

アルマティのイスラム教会(モスク)


この日は疲れたせいで、21時にはぐったりと寝込んでしまいました。
翌朝は9時出発予定で「サイラム・バスターミナル」からマシュルートカで
ギルギス共和国の首都「ビシュケク」を目指す予定です。

ちなみにアルマティは英語読みです。カザック語ではアルマアタと言います。
また、ロシア語ではアルマトイと言います。語の頭に着いている「アルマ」は
日本語で「りんご」という意味です。

(カザフスタンの旅は以上です)



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